【報告】京都大学(森田伸子、大河内泰樹、山名淳、小野文生) 公式HP映画「哲学への権利――国際哲学コレージュの軌跡」

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【報告】京都大学(森田伸子、大河内泰樹、山名淳、小野文生)

2010年3月13日、京都大学にて、森田伸子(日本女子大学)、大河内泰樹(京都産業大学)、山名淳(京都大学)とともに上映・討論会がおこなわれた。司会を務めた小野文生氏(京都大学)の発意と企画によるもので、グローバルCOE「心が活きる教育のための国際的拠点」の主催で開催された。合格発表直後の土曜日、新生活ガイダンスで多くの新入生でキャンパスはごった返していたが、新入生数名から一般市民まで、さまざまな人々が130名程度集まった。

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(企画者の小野文生氏〔左〕)

小野氏が案出した今回の討論題目「教育哲学と哲学教育のあいだ」は絶妙な題である。そもそも、「教育」が「(能力や才能を)外に引き出すこと」を語源とし、「哲学」がギリシア語で「知への愛」を含意することから分かるように、両者はともに、学校や大学での狭義の専門的な学術活動には限定されず、むしろ人間が生きていくことの本質的な活動に近い。さらに教育と哲学の関係について言えば、「教育哲学(教育を哲学すること)」は教育の原理的考察を指し、「哲学教育(哲学を教育すること)」には哲学の伝達や継承といった実践的な含意がある。交叉した哲学と教育、教育哲学と哲学教育のあいだを架橋するものは何か。国際哲学コレージュを描いた本作に引きつけて回答するならば、この両者の関係に具体的な形や仕組みを付与するものは「運動」や「制度」であるだろう。

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(森田伸子氏、大河内泰樹氏、山名淳氏)

森田氏は、本作で強調されるインタヴィーイーの手の映像に着目。哲学とは「これだ」と手で掴んだり、手で提示したりできない提示困難な営みである。手に乗せて提示しがたい哲学を必死で語ろうとする様子が手の映像によって描かれているとした。

また、森田氏は、「日本社会において子供には哲学が必要であり、そうした哲学への権利は彼らの死活問題である」と明言した。登校拒否の事例が挙げられ、学校そのものに対して疑問をもった子供が、社会、人間、さらには世界そのものへの疑問を抱くようになる告白録が引用された。既存の意味の体系から逸脱してしまったとき、子供は生きるために哲学を必要とするのではないか。森田氏は、ユネスコの哲学教育への取り組みや分析哲学グループによる子供のための哲学実践の事例にも触れた。

大河内氏は、デリダのように哲学の社会的制度を実際に創設するかどうかは別として、まず、そうした制度が実現可能であることに気がつかされる点で本作は有効であると話を始めた。また、皮肉な指摘として、本作が過度のクリシェ(定型)で構成されているとした。デリダの言葉の定型、パリの風景の定型などは、見方によってはパロディに映りかねない表現である。また、本作で監督・西山がフランス語でナレーションを入れている点は、コレージュの国際性とどう関係するのか、と繊細な問題提起がなされた。

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山名氏は綿密なレジュメ「『教育哲学』から『哲学教育』を眺めてみる」を準備されて、豊かな議論を展開した。哲学が哲学自身を実験的に問いに付すことができるのに対して、教育学と不可分の教育哲学にはその限界がある。それは、教育哲学が、教育学というディシプリンの一部分として、学校制度や教員養成制度と不即不離の関係にあるからである。つまり、教育哲学は規定の「現場」をもち、「現場」をもつ以上、そのディシプリンの有用性を目に見える形で「測定」されるのである。制度から遊離するのではなく、どこまでも制度に即して制度のなかで哲学の実験を展開するという共通点において、国際哲学コレージュの制度的実験は教育哲学にとって重要な事例であるだろう。

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小野氏は、本作では哲学への愛が語られるが、それはおそらく誰かへの愛であると指摘。それはインタヴィーイーの師への愛であり、教える者と学んだ者の記憶や時間が本作では表現されているとし、教育研究者の視点から鋭い洞察を加えた。

今回、本作をめぐって、教育哲学、教育学関係の研究者との対話がはじめて実施され、有益な議論をうかがうことができた。本作をめぐる議論の厚みが倍増した、たいへん充実した日だった。

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[ 2010/03/13 23:55 ] 上映報告(国内) | TB(0) | コメント(-)

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