カトリーヌ・マラブーの論集『真ん中の部屋』について 公式HP映画「哲学への権利――国際哲学コレージュの軌跡」

本ブログでの情報はすべて個人HPに移動しました。今後はそちらでの閲覧をお願いします。⇒http://www.comp.tmu.ac.jp/nishiyama/

ホーム > スポンサー広告 > カトリーヌ・マラブーの論集『真ん中の部屋』についてホーム > 公刊物 > カトリーヌ・マラブーの論集『真ん中の部屋』について

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-)

カトリーヌ・マラブーの論集『真ん中の部屋』について

ここ数カ月、哲学者カトリーヌ・マラブーの新刊ラッシュが続いている。2009年秋には、『真ん中の部屋――ヘーゲルから脳科学へ』(La chambre du milieu: De Hegel aux neurosciences, Hermann)、『差異を取り替える――女性的なものと哲学的問い』(Changer de différence: Le féminin et la question philosophique, Galilée)が刊行された。前者はこれまでの論文15本からなるマラブー初の論集で、後者はフェミニズム、ジェンダー研究、クイアー・セオリーとは異なる仕方で、女性的なものの哲学的考察を試みる一書である。

butlermalabou.jpg
(J・バトラーとの共著『私の身体であれ』、『差異を取り替える』)

また、ジュディス・バトラーとの共著で『私の身体であれ――ヘーゲルにおける支配と隷従の現代的読解』(Sois mon corps: Une lecture contemporaine de la domination et de la servitude chez Hegel, Bayard Centurion)は2010年1月に刊行されたばかりだ。ヘーゲルの『精神現象学』の「主人と奴隷の弁証法」の抜粋を巻末に付して、英仏の独創的なヘーゲル研究者二人は対話的な仕方で論考を執筆した(各自2本で計4本の対話的論集)。

chambre du milieu
(『真ん中の部屋』)

論集『真ん中の部屋』には独特の思い入れがある。2003年春、パリに留学中、指導教官だったマラブーさんから、「これまで発表した論文をまとめて論集を出版するように出版社から頼まれているので、あなたの意見を聞きたい」、と相談を受けた。そこで私は彼女の論文を読み、目次を組んでみて、その書名を『真ん中の部屋』と名付けた。『失われた時を求めて』のように、各部を「ヘーゲルの方へ」「デリダの方へ」などと名付け、その中間にマラブーの思想が浮かび上がるという趣向だ。この書名と構成を彼女はとても気に入ってくれて、その後会う度に、「『真ん中の部屋』をまだ刊行できなくてすまない」と繰り返した。そしてとうとう、昨年に日の目を見ることになったわけだ。この論集刊行は生涯忘れられない思い出となるだろう。

「真ん中の部屋――この書名を私は西山雄二氏に負っている。彼はかつて2000年代にパリで私の学生だった。ある日、彼は、私の脱構築との関係が、ヘーゲルへの関心と脳科学の研究のあいだで『一種の真ん中の部屋』を形作っている、と告げた。私はこの表現を決して忘れることがなく、今回の著作に彼の言葉通りの書名を付すことができて嬉しく思っている。本書では、15の各論考を通じて、実際に小部屋にいるように、読者に立ち止まって休息するようにうながす、そんな生と思考の歩みの諸段階が記されている。たしかに、本書は独特の仕方で、ホテルのように、文字通り、歓待の場所として構想され構築されているのである。」(『真ん中の部屋』序文)
スポンサーサイト
[ 2010/02/18 07:59 ] 公刊物 | TB(0) | コメント(-)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。