【報告】大阪大学(望月太郎、斉藤渉) 公式HP映画「哲学への権利――国際哲学コレージュの軌跡」

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【報告】大阪大学(望月太郎、斉藤渉)

地面にわずかに雪が残る京都から、阪急電車で大阪方面に移動。宝塚線石橋の駅で降りて、小高い丘の上にある大阪大学豊中キャンパスへと向かう。2010年2月7日、望月太郎(大阪大学)、斉藤渉(同前)とともに上映会がおこなわれた(60名ほどが参加)。

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(斉藤渉、望月太郎)

望月氏はデカルト研究者から出発して、幅広い主題で哲学教育の現状について考察を巡らせてきた方である。今回は、ユネスコにおける哲学教育の取り組みに即して哲学への権利、つまり、哲学へのアクセス権について話を展開した。世界的に見て、哲学は大学のみならず、社会のなかで多層的に実践されている。初等・中等教育段階における哲学教育、企業での哲学カウンセリング、在野の哲学実践の学校など、哲学が大学制度から解放される確かな兆候がある。また、ユネスコは第二次世界大戦後、あらゆるプロパガンダ、不寛容、排除、暴力などに対抗し平和に貢献する、開かれた批判的思考、態度、生き方として哲学を推奨してきた。

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そのうえで、望月氏は、国際哲学コレージュは「北(西欧を中心とする先進諸国)」の哲学的実践にとどまるのであり、「南」への眼差しに対する応答がなされているのだろうか、と問うた。「南」への眼差しに開かれたときに、はじめて哲学は解放されるのだ。

望月氏によれば、哲学への権利が可能となるためには、現実のデモクラシーが必要である。そして、哲学もデモクラシーも効率の悪い時間がかかる営みである。その意味で、哲学の活性化に必要なものは潤沢な資金ではなく、社会における余暇的な時間、すなわち、立ち止まって思考する時間なのである。

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斎藤氏は哲学の活動実践は必要だが、他方で哲学史を学ぶことも必要であるとした。なぜなら、哲学史を通じて、かつて自明ではなかったことが自明になっていることを歴史的に確認できるからだ。人間の思考が歴史を通じて変容することの考察もまた、実は哲学の今日的な実践と深く連関するのである。
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[ 2010/02/07 23:46 ] 上映報告(国内) | TB(0) | コメント(-)

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