【アンケート】筑波大学上映 公式HP映画「哲学への権利――国際哲学コレージュの軌跡」

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【アンケート】筑波大学上映

2月4日の筑波大学でのアンケートから、いくつかを紹介させてください。

「自分のやっている人文学の勉強がけっして無駄なものではない、と安心した。」

「最近、水戸美術館でドイツの現代美術家ヨーゼフ・ボイスの展覧会を見てきました。ボイスらは1970年代に『自由国際大学』を創設しているので、国際哲学コレージュとの相関について考えを巡らせてみたい。」

「自分は学部3年生でデリダに興味がある。大学院進学を考えていて、多くの人が『文系で院=死』という人が多いが、デリダの『勇気』に今日は勇気をもらった。」

「非常に感銘を受ける部分が多かったと同時に、やはり一定以上の水準の知識と経済力をもった人々の話、という印象を正直、ぬぐい切れなかった。それは仕方のないことかもしれないが。哲学が人間のすべてを問題にする以上、見落とされている人や状況がまだどこかにあるような気がした。」

「学際性に関するシーンで、カルチュラル・スタディーズとの違いを見せるための質問が、映画全体のなかで浮いていないか。むしろ『哲学/…』の関係に突っ込んだ方が、『哲学・経済』という大きな問題系に進むのではないだろうか。」

「メディアとして映画を選択したのは最適だった。哲学を学ぶときにまずぶち当たる壁が抽象性の高さだから。映画なら聴覚・視覚から具体的に対象を把握できる。」

「〔討論会で登壇者の〕みなさんがフランス語で話されるとき、手がよく動くのが印象的でした。映画のなかでも手のシーンが差し挟まれています。『哲学』と聞いたときに何となく思い浮かぶ、『何か難しそうなもの』という権威(?)のようなものではなくて、語りのなかに浮かび上がってくる、その行為のなかにしか存在しないもの――それが『手』のなかにあったのではないか。」

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[ 2010/02/04 15:40 ] 参加者のアンケート | TB(0) | コメント(-)

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