【報告】素人の乱「地下大学」(平井玄、白石嘉治) 公式HP映画「哲学への権利――国際哲学コレージュの軌跡」

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【報告】素人の乱「地下大学」(平井玄、白石嘉治)

1月25日(月)、高円寺・素人の乱「地下大学」にて、平井玄氏(音楽評論家)、白石嘉治氏(上智大学)とともに上映会がおこなわれた。小規模な会場のためすぐに45名で満席および立ち見となり、遅れてきた10名以上の観衆には入場していただくことができなかった。わざわざ足を運んでいただいたみなさんにお詫び申し上げる次第である。次回の3月の東京上映3回は十分な広さの会場なので、どうぞそちらにお越しいただくようお願い申し上げます。

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今回の映画上映は日本だけでなく、アメリカやフランスなどでもおこなわれるグローバルな運動である。しかし、ある友人からはこんな印象的な言葉をいただいた、「素人の乱・地下大学で上映するなんてグローバルな上映運動だ」、と。今回はこの意外な言葉の意味を確認させられる有意義な会となった。

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(平井玄氏〔中央〕、白石嘉治氏〔右〕)

平井氏は、「啓蒙におけるマイノリティ(未成年=少数派)の問い」、「アソシエーションの社会的意義」、「不在の映画」という三つの観点からコメントを披露した。平井氏はまず、カント、デリダ、ドゥルーズ+ガタリを引きつつ、未成年=少数派が理性的な責任主体でありつつ、気楽な存在にとどまるような啓蒙の可能性はないだろうかと示唆した。また、大革命以来のフランスにおけるアソシエーションの意義を強調し、国際哲学コレージュの集団的実践を歴史的な文脈のなかに位置づけた。そして、本作は不在のデリダをめぐる映画だが、亡き哲学者に対する辛い悲壮感とも過度の英雄視とも異なる距離感で本作がつくられていることを評価した。その上で平井氏は、日本における68-69年の政治闘争を振り返る上でこれら三つの観点が重要であるとした。

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白石氏は68年から70年代にいたるフランスの文脈を想起しつつ、金融資本主義の破綻から教育の資本主義化が進展している現在、私たちが何をなすべきかを本作から汲み取ることができるとした。また、大学はそもそも教師と学生の組合であり、12世紀に大学が誕生した時期に国家や資本主義の萌芽が現われていることをいかに考えればよいのかと問うた。
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[ 2010/01/25 23:44 ] 上映報告(国内) | TB(0) | コメント(-)

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