【報告】東京外国語大学(岩崎稔、田崎英明、桑田光平) 公式HP映画「哲学への権利――国際哲学コレージュの軌跡」

本ブログでの情報はすべて個人HPに移動しました。今後はそちらでの閲覧をお願いします。⇒http://www.comp.tmu.ac.jp/nishiyama/

ホーム > スポンサー広告 > 【報告】東京外国語大学(岩崎稔、田崎英明、桑田光平)ホーム > 上映報告(国内) > 【報告】東京外国語大学(岩崎稔、田崎英明、桑田光平)

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-)

【報告】東京外国語大学(岩崎稔、田崎英明、桑田光平)

1月23日(土)、東京外国語大学にて、岩崎稔(東京外国語大学)、桑田光平(同前)、田崎英明(立教大学)とともに上映がおこなわれた。教員と学生以外にも幅広い層の観衆が50名ほど集った。

gaidai1.jpg

岩崎氏は、国際哲学コレージュを描いた本作は広い意味で「哲学すること」の可能性を提示しつつ、現代において私たちが自分の思考や言葉を表現しようとするときに直面する問いが描かれていると評した。

gaidai5.jpg
(左から、桑田氏、田崎氏、岩崎氏)

桑田氏は留学中、国際哲学コレージュに足を運んだ経験から、フランスの大学の特色を考慮しながら、コレージュの実態について語った。コレージュではたしかに、学生よりも一般市民の参加が多く、また、既存の大学制度では実施できない内容のゼミが開催されている。しかし、その形式は講義形式で大学のそれと区別することは難しい。また、コレージュはやはりデリダ的な雰囲気が濃厚であり、伝統的で保守的な他の制度(例えば、コレージュ・ド・フランス)との緊張関係のなかでその生命を保っているのではないか、と述べた。

gaidai4.jpg

田崎氏は、近年の大学において、「学生が…できるようになる」という能力と計算の文言で研究教育活動が評価されることへの違和感を表明した。実は、哲学は、これまでわかっていたことがわからなくなること、これまでできていたことができなくなることという事態を誘発するのではないだろうか。哲学がソクラテス以来、カントにおいても社会的分業の論理とは相容れないのは、こうした哲学の本来的な危険性と関係するのである。

会場から本橋哲也氏(東京経済大学)は、現在、カルチュラル・スタディーズなどを通じて人文学が創造的に変容しているようみえるが、しかし、そうした趨勢は知の専門化や知の相対化を免れているだろうかと問うた。また、研究教育が情報の伝達と化していく傾向において、知の身体化が忘れられいると指摘した。
スポンサーサイト
[ 2010/01/23 23:34 ] 上映報告(国内) | TB(0) | コメント(-)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。