再び見い出された大学の記憶──欧州連合エラスムス・ムンドゥス「Euro Philosophy」 公式HP映画「哲学への権利――国際哲学コレージュの軌跡」

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再び見い出された大学の記憶──欧州連合エラスムス・ムンドゥス「Euro Philosophy」

「どこの大学から来たんですか?」「学部はフランスのポワティエ大学で、大学院に入ってからはプラハのカレル大学、ベルギーのルーヴァン大学、今月は日本の法政大学で、最後はフランスのトゥールーズ大学で修士論文を提出する予定です」──欧州連合エラスムス・ムンドゥスに参加する学生の答えだ。

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2009年4月の一ヶ月間、欧州連合エラスムス・ムンドゥスの哲学部門「ユーロ・フィロソフィー」が法政大学で開始され、関連イベントが東京と大阪で実施されている(2008-09年度法政大学プログラムと関連イベントの概要は本ブログ末尾に掲載)。エラスムス・ムンドゥスとは、ヨーロッパの大学間短期留学・単位互換制度を世界規模に拡大しようとする試みである。これまでは学部段階の制度だったが、新たに修士課程が2007年度から創設された。

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(フローランス・ケメックス氏の講義)

「ユーロ・フィロソフィー」では、毎年、非ヨーロッパ圏も含めて25名ほどが選出され、年間2万1千ユーロ(150円換算で315万円)相当の奨学金を得ながら、二年間で仏・独などの三つの大学で研究教育活動をおこなう。フランス語とドイツ語の習得が義務づけられており、主たる必修科目は「カントからニーチェに至るまでの近代ドイツ哲学」「ビランからドゥルーズに至るまでのフランスの現代哲学」「独仏の現象学」。年度初めにベルギーのリュクサンブール大学で、毎年一回パリの高等師範学校でプログラム参加学生全員が欧州各地から集い、集中講義が実施される。また、ヨーロッパの参加学生は、非欧州圏の提携大学、つまり、アメリカのメンフィス大学、ブラジルのサンパウロ大学、日本の法政大学のいずれかでこのプログラムを短期間受講しなければならない(今回、日本には5名の学生が滞在している)。

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このように欧州連合という政治的枠組みを確固たる背景として、国境を越えて、各々の大学において、回遊的な知性にもとづく研究教育活動が促進されているわけである。たんなる大学間の個人的な留学ではなく、個々人の研究教育活動の移動が制度化されている点で画期的な試みである。しかし、大学の記憶をたどり直してみると、こうした知の越境的運動は中世ヨーロッパの大学の特徴をなしていたと言える。

12世紀に教師の同業組合から生まれた大学(universitasは「組合・結社」の意味)は専用の建物を所有せず、教会や修道院のなかで授業がおこなわれた。少数の大学都市にはアルプスの峠道を越えて学生たちが集い、また彼ら遊歴学僧(ゴリアルディ)たちは優れた教師のところへ自由に転学した。実際、神学、法学、医学、人文学という4学部と並行して、大学では国民部(nations)が有力な自治組織として機能していたのは、各地方から大学都市に集ってきた移動する学生たちの生活を支援するためだった。例えば、フランス(現在のパリ周辺を含意)、ピカルディ、ノルマンディ、イングランドといった国民部が組織されていたのだった。

また、少なくとも15世紀になるまで、教師と学徒の群れそのものが引っ越しを厭わなかった。大学団は世俗的権力の事情によって拠点の移動を余儀なくされることもあれば、また逆に、当地の権力に抵抗して自主的に移動を敢行することもあった。例えば、13世紀半ばに聖俗権力との対立からパリの大学団が講義を停止し、トゥールーズとケンブリッジへと移動した事件は中世大学史上で最大の引っ越しである。

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(ルネッサンス期最大の人文学者エラスムスもまた、トリノ、ケンブリッジ、アントウェルペン、バーゼル、ルーヴァンなど、ヨーロッパ各地を転々としながら研究・執筆活動を続けた。)

大学はキャンパスという閉域のなかで動かない「象牙の塔」ではなく、逆に固有の場所とは結びつかず、つねに移動する運動体だった。ヨーロッパのさまざまな知性が集合し流動し、大学はつねに旅の途上にあった──今回のエラスムス・ムンドゥスはこうした大学の原光景を強く思い起こさせるものである。

この野心的な試みを、現在、私たちはいかに評価するべきだろうか。画期的とはいえ、少数エリート主義を促進するだけで、高等教育の民主化・大衆化とは逆行する試みだと批判する向きもあるだろう。しかし、政治的・経済的なグローバル化が世界の画一化を押し進めるのだとすれば、それとは別の仕方でコスモポリタニズムを発明することができるのは、ともすれば、こうした知性の積極的な移動によってではないだろうか。そして、欧州連合とは異なる歴史的文脈をもつこの東アジアにおいて、制度と運動の狭間で大学という存在をいかに想像することができるのだろうか。

今回のエラスムス・ムンドゥス「ユーロ・フィロソフィー」の講義および関連イベントは、他大学の大学院生や、さらには一般聴講者が自由に参加することが歓迎されている。哲学のヨーロッパの現場と日本の現場とが広く交わるこの絶好の機会に、できるだけ多くの方が参加されることを期待したい。
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[ 2009/08/30 21:41 ] 報告・取材記 | TB(0) | コメント(-)

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