【取材記@ソウル】「研究空間スユ+ノモ」の挑戦 公式HP映画「哲学への権利――国際哲学コレージュの軌跡」

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【取材記@ソウル】「研究空間スユ+ノモ」の挑戦

博士号を取得したものの就職先がない「高学歴ワーキングプア」たちが創設した、大衆に開かれた研究教育のための自律的な生活共同体「研究空間スユ+ノモ(Research Machine “Suyu+Trans”)」――2008年8月1-2日、韓国・ソウルにて「研究空間スユ+ノモ」を訪問し、コ・ビョングォン講師らにインタヴュー取材をおこなった。

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(左からイ・ジンキュンさん、通訳のオ・ハナさん、コ・ビョングォンさん)

「研究空間スユ+ノモ」という場

1997年、ソウル郊外のスユリに国文学研究者・高美淑(コ・ミスク)が勉強部屋を開設した。就職先のない「高学歴ワーキングプア」たちが共同で研究空間を立ち上げたのである。後に、社会科学研究所を中心とする若手研究者たちが合流して、現在の「研究空間スユ+ノモ」が創設された。ちなみに「ノモ」は韓国語で「trans(越える)」という意味である。

「研究空間スユ+ノモ」はソウル中心にある南山近くのビル4階を一フロア借り切って運営されている。ここは理論探究がなされる研究所であり、数々の教育活動が実施される施設であるだけでなく、研究員の共同生活が重視されるコミューンである。三つの大きな講義室(兼ヨガ室および卓球室)、三つのセミナー室、カフェ、厨房+食堂、勉強部屋、美術室、育児室、映像編集室、仮眠室などを備えた「スユ+ノモ」が目指すのは学問と生活の適切な調和である。

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(厨房+食堂での食事風景)

例えば、食堂では当番制で食事が準備・調理され、昼夜の二食が1食約180円で提供され、毎回約30名が食事を共にする。食べ残しは厳禁で、食後はパンの切れ端で食器に残るソースまできれいに磨いて残さずに食べ切ることになっている。食堂とカフェでは会計箱に自分でお金を入れ、自分で食材を盛り、飲み物を注ぎ、自分の試用した食器類を自分で洗う。共に生活することと共に研究教育することの接続が「スユ+ノモ」ではもっとも重視されるのであり、この空間は研究と生活に関して参加者が共に悩むための場なのだ。

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(私が訪問した日に開催されていた特別英語プログラム。テクスト「コミューン主義宣言」をめぐって英語で討論)

「スユ+ノモ」の研究教育プログラム

現在、「スユ+ノモ」の運営会員は約60名で、常時200-300名ほどが研究教育プログラムに参加している。プログラムは主に、約30種類の通常セミナーと一般公開事業「空間PLUS」からなる。まず、セミナーは少人数の研究会で(最低2名から開催)、朝昼夜の三種類の時間帯で毎週一コマ3時間実施されている。毎月1,500円という手頃な授業料で約30種類のセミナーすべてに参加することができ、参加者数は各学期のべ100名ほどになる。

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(セミナー室)

また、「空間PLUS」は各種の公開事業で、例えば、その主要プログラム「講学院」は東洋思想に関する「古典講義」、西洋思想に関する「理論講義」、今日的なテーマを扱う「主題別講義」からなる。週1回の開催で準備時間2時間、本講義3時間の長丁場である。主に平日開催にもかかわらず各講義20-30名の参加者があり、受講料は一講義一学期につき約3万円である。2008年秋学期はそれぞれ、「出来事の思考――ドゥルーズ『意味の論理学』とインドの中論思想」「スピノザ読解」「魯迅の剣と微笑」という講義が用意されている。

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(講義室兼ヨガ室)

そして、通年講義「大衆知性」も2年前から開講されている。この講義は年間40週、週3コマからなり、一年間で精神分析、自然科学、文学、道徳などさまざまな講義を受けることができる(受講料は年間15万円)。このプログラムは大学の教養課程と類似しているようにみえるが、しかし、習得すべき一般教養という知の全体性をあらかじめ設定してはいない。各講師が自分のもっとも関心があることを講義し、受講生の生き方を変革する刺激のある講義を提供することが唯一の理念と責務とされる。

経済的な問題

しかし、ビルの一フロア(約400㎡)を毎月120万円で借り切って、これほどの規模の研究教育活動をどうやって維持することができるのだろうか。彼らは政府や企業からの資金提供を一切受けていないのだが、これまで家賃を滞納したことはないという。基本的には、各運営会員が自分の収入に応じて自由に運営基金を支払うことになっている。その最低額はひとり毎月4千円に設定されているのだが、逆に、最高額が2万円を超えてはならないという規則はとても興味深い。過度の資金提供をする特定の人物にある種の貴族的特権が付与され、研究空間の民主的共同性が乱される恐れがあるからだ。

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(勉強部屋。机の決まった割り当てはなく、好きな場所で勉強する。)

他にも、セミナーと講義の受講料、ヨガ教室や美術教室の参加料、不登校児向けの教室、出版物などによって収入源は確保されている。興味深いことに、コ・ビョングォン氏は「資金の確保は実はもっとも些細な問題であり、むしろ獲得した資金をどうやって使用するのかがより重要だ」と明言する。実際、廊下の掲示板には毎月の詳細な収支報告が掲示されており、資金の流れがきちんと公開されることで、参加者がお金の有効な使い方を強く意識するようになる。

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贈与と接続

生活共同体「スユ+ノモ」の基本理念は「お互いへの贈りものとなること」である。彼らは共同体(コミューン)を贈与の概念から理解し実践しようとする。実際、「スユ+ノモ」にある椅子や机、子供の玩具などは寄付であったり、廃棄予定の物資を引き取ったものだったりする。お互いへの贈与こそが諸個人の関係を接続し、共同体と共同体を接続するのだ。いやむしろ、私たちはつねにすでにどうしようもなく他者と接続してしまう存在なのであり、研究教育に基づく生活共同体はこの存在様態を基点としてこそ成立するのである。例えば、「スユ+ノモ」は農村コミューンと連携して、市場では割に合わない価格で取引される農作物の寄付を受け、そのお返しに農村の人々を講義に無料で招待したりしている。

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(カフェ。椅子などは市内の喫茶店が店じまいしたときに引き取ったものなので、上等の座り心地と雰囲気)

「研究空間スユ+ノモ」の英訳はResearch Machineとなっているが、これはドゥルーズ+ガタリの「機械」という表現を意識した訳語である。ある空間はつねに他の空間と接続されるはずであり、また、ある物理的な空間それ自体はその都度の活動に応じて変容するはずだ。研究教育がその空間の接続と変容に曝され、知がその都度さまざまな宛先へと差し向けられる――そうした試練を経ることで、生と結びついた根本的な知が見出されるのである。

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しかし、聞けば聞くほど、「スユ+ノモ」は実にユートピア的な研究生活空間である。私はしつこく「そうは言っても、何か問題があるのではないですか」と何度も問い質したのだが、彼らはみな一様に涼しい顔で「まったくありませんよ」と自然体で笑いながら言葉を返してくるのだった……。

以上が、「研究空間スユ+ノモ」という「高学歴ワーキングプア」の創造的な挑戦に関するごくささやかな報告である。その他にも、研究教育と場所の関係、研究教育のクオリティ維持の方法など、数多くの興味深い本質的な論点について話をうかがうことができた。

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(「スユ+ノモ」入口に掲げられた宣言文。英語および日本語の文句は以下のとおり)

Become gifts to one another !
Research Machine ”Suyu+Trans” is
a research commune where everyone shares their daily lives,
seeking to harmonize a good knowledge with a good daily life.

おたがいへの贈りものとなること!
研究空間スユ+ノモは
よい知とよい生を一致させる
研究者たちの自由な生活共同体です。

(今回の取材に際して、限りない歓待精神でもって、時間の許す限り誠実に対応してくださったコ・ビョングォンさん、オ・ハナさん、イ・ジンキュンさんら「スユ+ノモ」の方々に心より感謝申し上げます。)
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[ 2009/08/30 08:27 ] 報告・取材記 | TB(0) | コメント(-)

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