【報告】神戸市外国語大学(丹生谷貴志、村田邦夫、村上信一郎) 公式HP映画「哲学への権利――国際哲学コレージュの軌跡」

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【報告】神戸市外国語大学(丹生谷貴志、村田邦夫、村上信一郎)

2010年7月2日、神戸市外国語大学にて、同大学の丹生谷貴志、村田邦夫、村上信一郎とともに上映・討論会がおこなわれた(主催=映画『哲学への権利』神戸外大上映会実行委員会〔代表=辻龍太郎〕、後援=神戸市外国語大学)。出身校での映画上映と討論会であり、10年ぶりに同校を来訪した。関西圏の学生らを含めた学部1年生から院生まで、教員と事務員、図書館員など幅広い層の人々が100名ほどが参加した。

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司会の村上信一郎氏は、まず一言感想を述べて、本作を観て1960年代末期の学生のラディカリズムのことを強く思い出し、当時の学生が大学に求めていたものを感じたと述べた。また、デリダは国際哲学コレージュを遺産として残した点で、浅薄で凡庸なポストモダン思想家ではないことがよくわかったとした。

村田邦夫氏は、「まだ終わらないのか、何だこのしつこさは」という気持ちで本作を鑑賞したが、それこそが「これでもか」という西山の力強さそのものだったと述べた。映画の内容を十分に分かったとは言えないが、しかし、〔学部時代から現在までずっと〕西山が闘い続けている姿はよく分かったと彼なりの言葉を加えた。

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(村田邦夫、丹生谷貴志、村上信一郎)

丹生谷貴志氏はあくまでも個人的な感想を物書きの立場から述べると断った上で、彼なりの仕方で作品批評をおこなった。プロモーション・ヴィデオ的な作風は退屈で、内容もデリダの仕事のごく簡単な紹介にすぎない。デリダのことは20世紀最大の思想家として尊敬してはいるが、ただ、この西山の感傷旅行映画からは何も学んだ気はしないと述べた。また、映画である以上、アクションが不可欠で、例えば、ドゥギーと他のインタヴューィーとの討論が挿入されるべきだったのではないかと指摘した。

丹生谷氏はフランスの高等教育制度の特質にも触れ、中央集権的な傾向のために、フランスでは中心と外部、反動と抵抗といった明示的な構図がある。これに対して、州立・私立大学からなるアメリカの大学制度は中心が不在の、いわば脱構築的な構造をなしているのではないか。マラブーが証言するアメリカでの戸惑いは、中心に対する対抗原則が作動しないことから生じるものではないか。

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アルチュセールは晩年に「世界に真理への権利が語られる場所はあるか?」と問い、「バチカンとモスクワ」と答えたことがある。それは、真理への権利や態度を要求する学問や生き方が保証されるために、絶対を擁する場所であるだろう。デリダはそうした真理の場所性のことを踏まえて、コレージュを脱構築された絶対として、「真理が真理である」に抹消記号が付された場として構想したのではないか。それはいわば大学の分身であり、デリダはコレージュにおいて真理の分身がもたらされることを夢見たのだろう。その失敗をも見越した作品としてコレージュは独特な機関である。とはいえ、実際のコレージュは「哲学研究者」の集団にすぎないのではないか。哲学研究者のキャリア養成のためには制度はたしかに必要ではあるが、キャリアの安心に全面的な救いを求めるならば哲学は滅びるべきだろう。本来的には「哲学者」に制度は必要ないと丹生谷氏は最後に明言した。

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質疑応答では、「ネット上で無料公開した方がよい」との質問から始まって、教職志望の学生が「子供たちにも哲学的なことを具体的に教える機会をつくるには?」と等身大で問うた。また、吉森義紀氏は、「インタヴューィーの応答よりも西山の質問の方が気に入っていて、ドキドキして聞いていた」「神戸市外国語大学から西山のような人材が出ることは驚き」と個人的な感想を述べた。鈴木創士氏は、「領域横断性について言うと、デリダは『ひとつ以上の言語』を語ることができた。それはフランス語とドイツ語…という意味ではなく、ひとつの言語の複数性のことだ。コレージュは、いや、そもそも制度はひとつ以上の言語で語ることができるのか」と鋭い指摘をした。

今回の上映会の話は、後輩の辻龍太郎氏からの昨年の電話から始まった。「出身校で上映しないのはおかしい」という彼の熱のこもった言葉が発端である。図書館――大学院進学時に浪人した時に一年間アルバイトをしたことがある――の方も、館内で著作紹介のコーナーを設けてくれていた。入念な準備をしていただいた辻さんと支援スタッフの方々には心からの感謝の気持ちを表したい。

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[ 2010/07/02 03:00 ] 上映報告(国内) | TB(0) | コメント(-)

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