【報告】代官山ヒルサイドライブラリー(長谷川祐子、杉田敦、片岡真実) 公式HP映画「哲学への権利――国際哲学コレージュの軌跡」

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【報告】代官山ヒルサイドライブラリー(長谷川祐子、杉田敦、片岡真実)

2010年5月18日、代官山ヒルサイドライブラリーにて、長谷川祐子(東京都現代美術館チーフ・キュレーター)氏、杉田敦(女子美術大学)氏、片岡真実(森美術館チーフ・キュレーター)氏とともに、CAMPの主催(担当=井上文雄)で上映・討論会がおこなわれた。アート関係者を中心に約50名が参加した。

CAMPは同時代のアートの可能性を共同で考えることを目的とする団体で、アーティストやキュレーター、ディレクター、批評家、研究者、学生などとの協同によって、トークイベントや展覧会を主に都内各所で開催している。そうした遊動的で自由な共同空間を模索するCAMPでの上映は、本作品の趣旨とも深く共鳴するものであった。

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(普段は図書室として利用されている空間を上映会場として設営)

杉田敦氏は、アルチュセールやグリッサンの思想が関係性の美学を豊かな仕方でもたらしたように、「哲学」や「アート」は自閉した二項ではなく、哲学の話がそのままアートの話になり、アートにおいて生じていることが哲学となるような両者の親密な相互性があるとした。

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(長谷川祐子氏、杉田敦氏、片岡真実氏)

片岡真実氏は、「哲学」を「アート」に置き換えて本作を鑑賞することで、「制度のなかに留まりながらも実践しうる戦い」とは何かを考えたと語った。美術館の観衆は一枚岩ではなく、さまざまな層に分かれている。まず、美術館への寄付をおこなう富裕層があり、アメリカの事例のように、その経済的権力が館長の任命権や収蔵品の傾向にまで力を及ぼす場合もある。また、展覧会に足を運ぶローカルな観衆がいる一方で、ネット環境を通じた潜在的で国際的な観衆もいる。片岡氏は、美術館は各層に応じたアクセス権を充実させる必要があると語り、制度と権利の関係を浮き彫りにした。

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長谷川祐子氏は、「哲学やアートという伝達困難なものをいかに伝達するのか」という問いから話を切り出した。哲学やアートを結びつける観点として「運動」と「制度」が挙げられるだろう。「運動」によってさまざまな創造が生起し撹乱した後で、それらを検討し共有するために「制度」が必要となる。だとすれば、多くの人々を歓待するための場やメディアとして制度はいかに構想されるべきか。長谷川氏は、創発的な出来事を引き起こす自己組成的な場に関心があると語る。以前勤務していた金沢21世紀美術館では、ワンカップ大関を片手にもったおっちゃんまでも入館するような場づくりを目指し、カオス的な場にいかなる示唆を与えられるのかが重要視されたという。

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長谷川氏は、宗教や科学では解明されえない問題が21世紀にもち越されていて、哲学やアートは「最後の問い」に応答するべく存続すると主張。その意味で、人文的なものは劣勢ではなく、起死回生のチャンスにあると明言し、会場の聴衆を魅了した。

今回は、映画「哲学への権利」の討論会で初めて芸術関係者との議論がおこなわれた。初回にもかかわらず、現場の第一線で活躍されている方々と刺激的なお話をさせていただき、大変有益な機会を得た。登壇者と主催されたCAMPの方々には心からの謝意を表明する次第である。
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[ 2010/05/18 04:00 ] 上映報告(国内) | TB(0) | コメント(-)

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