首都大学東京での授業予定――「カイカク」以後の20世紀フランス思想 公式HP映画「哲学への権利――国際哲学コレージュの軌跡」

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首都大学東京での授業予定――「カイカク」以後の20世紀フランス思想

今週、首都大学東京(南大沢キャンパス)での講義と演習が開始されました。概要は以下の通り。フランス語原書の使用はなく、配布プリントか日本語訳テクストを使用します。関心のある方は、ynishi[at]tmu.ac.jp(西山)まで。

首都大学東京の前身、東京都立大学の仏文専攻は、20世紀フランス思想の研究教育活動において大きな役割を果たしてきました。デリダ『グラマトロジーについて』やドゥルーズ『ニーチェと哲学』の訳業で知られる足立和浩氏やクリステヴァ研究の西川直子氏、レヴィナス研究の合田正人氏、反ユダヤ主義研究の菅野賢治氏らが教鞭をとられていました。またここは、バタイユ研究の西谷修氏、レヴィナス研究の内田樹氏、ブランショ研究の谷口博史氏らを輩出した研究科でもあります。数年前に都知事によるカイカクの騒乱があってから、仏文科の教員・学生数は激減し(教員数12人→3人)、20世紀フランスを担当する教員は不在となっていました。伝統ある貴重なポストゆえに責任感は重いと言わざるをえませんが、自分なりに心と力を尽くします。

火曜2限10.30-12.00(前期)「フランス文学講義」
20世紀フランスの文学と思想からみる人間の形象の変容

20世紀のフランスの文学・批評・思想の推移を通じて、人間存在の形象がいかに変容してきたのか、人間の限界と可能性がいかに考察されてきたのかを、毎回、オムニバス形式で概観する。プルースト、ヴァレリー、シュルレアリスム、バタイユ、ブランショ、サルトル、カミュ、ブランショ、アンテルム、バルト、フーコーを各回で解説。途中、映像資料を交えた「68年5月革命」に関する回も設定。

火曜2限10.30-12.00(後期)「フランス語圏文学演習」
サルトル『文学とは何か』を読む

ジャン=ポール・サルトルが著わした20世紀の代表的文学論『文学とは何か』(1948年)を通読しつつ、今日の「文学=書くという公的表現行為一般」の可能性を探る。「文学」の概括的な理解にとどまらず、作家論、読者論、表象文化論、文体論、ジャンル論、記号論、意味論といった文学をめぐる各論、そしてサルトルの実存主義哲学とその思想的背景にも踏み込んで知識を深める。考察の指針となるのは、まさにサルトルが『文学とは何か』の各章の表題として掲げた明快な問いである―「書くとはどういうことか?」、「なぜ書くのか?」、「誰のために書くのか?」

水曜5限16.20-17.50(前期)「フランス語圏文化論A」
ジャック・デリダ入門

ジャック・デリダは脱構築の思想家として知られているが、彼の仕事は哲学のみならず、文学、政治、言語、倫理、教育、芸術、精神分析など多岐にわたるものだった。デリダの思想がいかなる意義をもつのかは、20世紀の思想の風景を眺望するための重要な問いであり続けるだろう。本講義では、まず脱構築をめぐる入門的な解説から出発して、言語や文学、倫理、教育、政治といった今日的な主題をテクストに即して具体的に検討する。

水曜5限16.20-17.50(後期)「フランス語圏文化論B」
デリダのバタイユ=ヘーゲル論通読

『エクリチュールと差異』に収録されたジョルジュ・バタイユ論「限定的エコノミーから一般的エコノミーへ 留保なきヘーゲル主義」を通読することで、デリダの脱構築思想のエッセンスを紹介する。デリダは、止揚、否定性、至高性、労働といった概念や、「主人と奴隷の弁証法」や「絶対知」といったヘーゲルの問題系を議論の俎上に載せる。デリダとヘーゲルとの関係、つまり、脱構築と弁証法の関係、差延と止揚の関係を考える上での重要テクスト。
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[ 2010/04/16 20:12 ] 首都大学東京での活動 | TB(0) | コメント(-)

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