公式HP映画「哲学への権利――国際哲学コレージュの軌跡」

本ブログでの情報はすべて個人HPに移動しました。今後はそちらでの閲覧をお願いします。⇒http://www.comp.tmu.ac.jp/nishiyama/

ホーム > アーカイブ - 2009年12月

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | トラックバック(-) | コメント(-)

映画へのメッセージ(藤田尚志)

哲学の旅――『哲学への権利』を観る

西山雄二さんのドキュメンタリーフィルム『哲学への権利――国際哲学コレージュの軌跡が今、全国を巡っている――彼とは、哲学と大学、旅など多くのテーマが共通するのだが、それは措こう。私もようやくそのフィルムを観ることができたので、ここにその印象を、まだ観ていない人のための配慮を施しつつ、ごく簡単に記しておくことにする。

1)表現手法の旅

まず、独りの思想・文学研究者が制度についてのドキュメンタリー映画を撮ってしまったという事実に単純に驚いてしまう。イマージュや映像を文学研究の対象とすることはもはや研究の一ジャンルとして確立したが、自分がイマージュや映像を主たる表現媒体として研究成果を発表しうると、実例をもっていったい誰が示しえただろうか。たぶん前例はほとんどない。

国際哲学コレージュ(CIPh)というフランスの一高等教育制度についての考察を思想研究者が映像化することにどんな意味があるのか。Bruno Clémentはインタヴューの中で、デリダがCIPhを創設した精神はCIPhに「意味sens」ではなく、「奥行き、立体感relief」を与えてきたと述べていたが、インタヴューの内容だけでなく、インタヴューされる者たちの顔、身振り、手――握手を交わす手と手――の映像はまさに、CIPhの活動の「意味」ではなく、「奥行き」を観る者に与える。

思想研究はどこかの時点で必ずエクリチュールを通過するとしても、エクリチュールが最終地点であると誰が決めたのか。表現手法がイマージュや、さらには行動であっていけない決まりはどこにもない――フランソワ・シャトレが自らを「哲学のプロデューサー」と規定し、盟友ドゥルーズがその「プロデューサーの哲学」を興味深い形で引き出してみせたことを思いだしておこう(拙ブログ「pratiques théoriques」2009年1月26日付「哲学のプロデューサー、プロデューサーの哲学」、27日付「プロデューサー目線」、また『思想』ベルクソン生誕150年特集(2009年12月号)の132頁を参照のこと)。

映像(イマージュ)はこうして「奥行き」とともに、ごく限られた専門家だけでなく、広く一般の聴衆を哲学と制度の問題の考察へと導くことに役立つ。嘘だと思うなら、一度この映像を見てみればよい。そして自分の書きものが達しうる読者層と較べてみるとよい。『哲学への権利』は研究手法において、思想・文学研究の表現方法において実験的な旅を試みている。いや、「実験的な旅」とは冗語的にすぎよう。実験(experiment)の語源が「貫く」を意味するギリシャ語peíreinに由来する以上、その名に値するほどの「旅」は、常にすでに幾分か「実験」であるのだから。

2)表現内容・表現主体の旅
次に、『哲学への権利』が、決して単なる「お説拝聴」のドキュメンタリーに終わっていないことを強調しておこう。一日本人思想研究者が対等にCIPhの中心的なメンバーたちに問いかけ、この特異な制度の長所だけでなく、「問題点Les problèmes」をも引き出しえている。これはとりわけ、従来の日本の、とりわけ現代思想系の研究者たちに見られなかった姿勢である(最終セクション「CIPhとデリダ」は、あるいはさらに突っ込んでもよかったかもしれない)。

この作品はCIPhという制度が描いてきた「軌跡traces」、その「奥行き」を、限られた「手段moyens」(限られた時間・資金、限られたテクニック・言語能力など)で辿り直すことによって、日本の思想・文学研究全体が辿ってきた軌跡や奥行きをも逆照射する一種の「旅」である。私たち思想研究者はこの映像を、自分自身の辿ってきた軌跡や奥行きとひき比べることなしに、決して他人事としては見られないだろう。 

3)上映運動という旅
最後に強調しておくべきは、『哲学への権利』が単なる一映像作品の名ではなく、西山雄二という恐るべき行動力を発揮し続ける個人がその映像作品をもって、日本全国のみならず、世界各国を巡回する運動そのものの名であるということだ。前出のBruno ClémentがCIPhはデリダの諸著作と同じように彼のoeuvre(作品)の一つである、と述べていたが、全世界に散らばる友人や知人のネットワークを駆使して織り上げられた上映運動としての『哲学への権利』もまた、西山雄二のoeuvreだと言える。

だが、さらに一歩を進めてこう言うことに西山はきっと反対しないはずだ。そうではない、人々を貫き、人々をつなぐ『哲学への権利』という映像作品および作品上映運動――握手する手と手――は、おそらくは西山雄二という個人から出発したのではないし、CIPhという運動自体すら、おそらくはデリダから出発したのではない。デリダをも貫いて流れ来たった力、思考の力の旅こそがoeuvreの真の「作者auteur」なのであり、これこそ「哲学」にほかならないのだ、と。

インタヴューの中で、François Noudelmannは、デリダに敵対的な思想的ポジションをとる人たちをも積極的にCIPhに迎え入れることをデリダが繰り返し強く勧めていたと語り、それをデリダがcontre-signatureという概念で表現していたと述べていた。公式の文書により多くの正当性を与えるためになされる「副署」であると同時に、文字どおりには「反対の意を表しつつサインする」ことをも意味しうるこの語こそ、CIPhを表現し、またCIPhをめぐる映像作品である『哲学への権利』、そしてその上映運動を表現するのに最も適した語であるかもしれない。

デリダに何の関心もなく、むしろ彼の諸著作を真剣に読んだこともなく毛嫌いしている人々、CIPhと聞いただけでデリダ派の牙城と考えてしまう人々、哲学と制度の関係についてあまり考えたことのない「職業的」哲学者たちこそ、各地の大学で行なわれている上映会をぶらりと観に行かれるべきであろう。その身振りこそ、今まさに動きつつある現代世界の思想に必要なcontre-signatureの一つであろう。

――藤田尚志(九州産業大学講師)

(ブログ「pratiques théoriques」(http://pratiquestheoriques.blogspot.com/)2009年12月26日付記事より転載)

スポンサーサイト
[ 2009/12/29 08:08 ] 映画へのメッセージ | TB(0) | コメント(-)

読売新聞 朝刊

20091228 Yomiouri s

読売新聞朝刊(2009年12月28日付)の文化面にて、映画「哲学への権利」に関する記事が掲載されました。記者・植田滋さんには的確な内容の記事を書いていただき、感謝しています。
http://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/news/20091228-OYT8T00390.htm
[ 2009/12/28 08:54 ] 公刊物 | TB(0) | コメント(-)

日本経済新聞 朝刊

Nikkei20091226.jpg

(2009年12月26日付日本経済新聞朝刊より転載)

日本経済新聞朝刊(2009年12月26日付)の文化面にて、映画「哲学への権利」上映を含む大学問題の記事が掲載されました。記者・舘野真治さんには各地での上映に足を運び、丁寧な取材をしていただき、感謝しています。
記事を閲覧(右画像をクリック)⇒ NIkkei.jpg
[ 2009/12/26 14:22 ] 公刊物 | TB(0) | コメント(-)

【報告】ICU国際基督教大学(佐野好則、武藤康平)

すでに街が師走の雰囲気に包まれた12月21日(月)、ICU国際基督教大学にて、佐野好則(ICU)さん、武藤康平(同前)さんとともに上映会がおこなわれた(参加者45名程度)。

ICU0.jpg

討論は「国際/基督教/大学」と「国際/哲学/コレージュ」の三項の比較対照を軸に進められた。

まず第一に「国際性」だが、「国際性」はすでに私たちの時代のおいて自明の理となっているがゆえに、もっとも注意を要する表現である。つまり、「国際性」がつねに「ナショナルなもの」の媒介を含むことにどれだけ敏感でいられるか、が重要なのである。

第二に、「基督教の信仰」と「哲学の知」の関係からは歴史的な系譜を考えると膨大な問いが引き出されることだろう。信と知は一致するのか、それとも、対立するのか。デリダは『条件なき大学』において、教授(professeur)の語源にさかのぼって、信仰告白(profession de foi)の要素を強調した。研究教育活動において信と知が切り結ぶ地点においては、さらに行為の要素が介在してくるのではないだろうか。

第三に、「大学」とコレージュのような「大学の外」の関係が問われた。国際基督教大学が掲げる学際的な教養教育と、国際哲学コレージュが掲げる哲学の領域交差もまた、興味深い考察対象である。

ICU2.jpg

佐野好則氏は、実は近年、大学ではちょっとした「教養ブーム」が起こっており、教養を冠する学部学科が新設されている、と診断した。しかし、そこで実践されている「教養」がどれほど成功しているのかはまだ不透明であり、その点で国際哲学コレージュの諸理念は重要な参照点になると述べた。

ICU1.jpg
(今回の会を企画・運営してくれたのはまだ学部2年生の武藤さん)

12月から開始された『哲学への権利』上映会だが、無事に年内の3回を終えた。開催大学以外の大学生や、高校生も含めて一般聴衆も少なからず会場に足を運んでくれているのは嬉しい。上映会をおこなうたびに少なからぬ人々から力をいただき、今後の展望が徐々に開けてくる。作品それ自体が運動していき、予想のつかない方向へと私自身をも巻き込んで進んでいくかのように――新年の初回は広島大学、その後、東京各地での上映へ。
[ 2009/12/21 22:28 ] 上映報告(国内) | TB(0) | コメント(-)

朝日新聞 夕刊東京版

asahi20091217.jpg
(2009年12月17日付朝日新聞夕刊より転載)

朝日新聞夕刊(2009年12月17日付)の文化面にて、映画「哲学への権利」上映を含む紹介記事が掲載されました。記者・樋口大二さんには丹念な取材をしていただき、感謝しています。
記事を閲覧(右画像をクリック)⇒ asahi20091217a.jpg


[ 2009/12/17 23:00 ] 公刊物 | TB(0) | コメント(-)

【報告】ジュンク堂新宿店(萱野稔人)

12月12日(土)、めずらしく暖かな冬の午後、ジュンク堂書店新宿店にて、萱野稔人氏(津田塾大学)をゲストに招いて上映会がおこなわれた(参加者46名で満席)。

Jyunku0.jpg

私は萱野氏とはほぼ同時期にパリ第10大学に留学しており、エティエンヌ・バリバールのゼミなどでは同席していた。お互いに共有しているフランスの哲学の状況を踏まえながら、「いま、哲学の使命とは何か」をめぐって原理的な話をテンポ良く展開することができた。

Jyunku1.jpg

哲学の役割を語る上で、「哲学は役に立たないからこそ役に立つ」といったいわゆる「無用の用」を強弁してはいけない、というのが二人が共有する出発点。萱野氏は哲学を通じて概念的に思考することの意義を強調しつつ、「哲学においては哲学を研究することが哲学そのものとなる」という自己反復的な哲学ならではの面白さを語った。西山は答えを性急に見つけるのではなく、数多くの偽の問いを絞り込み、問いを問いとして的確に洗練させることを哲学の意義とした。

Jyunku3.jpg

萱野氏からは「映画で大学や哲学の現状と問題が的確に表現されていることはわかったが、その問題が西山さんの問いと具体的にどう関わるのかがいまひとつ不明瞭だ」との鋭い指摘をいただいた。この上映運動を通じて、自分なりの答え方を模索していくことになる。

 

会場にいらしていた大学論の泰斗・潮木守一氏(桜美林大学)からは、「金融工学のように、莫大な利益を引き出すことに加担する学問の伸張を前にして、哲学は価値の問題を原理的に思考する責務がある」という発言をいただいた。 

 

ジュンク堂書店さんには、寛大にも、今回は通常イベントの倍の3時間枠を設定していただいた。中村洋司店長と阪根正行店員には深く感謝する次第である。

[ 2009/12/12 23:51 ] 上映報告(国内) | TB(0) | コメント(-)

【報告】南山大学(宮崎裕助、ギブソン松井佳子、加藤泰史)

Nanzan0.jpg


2009年12月5日、冷雨の午後、南山大学にて上映会がおこなわれた。日本およびフランスでの各地上映の最初を飾る回で、30名ほどが参加した(司会:加藤泰史、主催:南山大学ヨーロッパ研究センター)。

Nanzan2.jpg
宮崎裕助(新潟大学)氏は、国際哲学コレージュを創設に導いたデリダの「勇気」を強調し、大学制度の既存のあり方への抵抗のメッセージをコレージュの活動の本義であるとした。ギブソン松井佳子(神田外語大学)氏は5つの質問を投げかけ、ドキュメンタリーという手法の有効性、カルチュラル・スタディーズと脱構築の関係、哲学の普遍性とフランスの地域性の関係などを問うた。

Nanzan1.jpg


[ 2009/12/05 23:12 ] 上映報告(国内) | TB(0) | コメント(-)

2009年12月上映スケジュール

12月5日(土)
上映=13:30-15:05/討論=15:15-16:30
南山大学
名古屋キャンパスJ棟1階特別合同研究室(Pルーム)
地図:http://www.nanzan-u.ac.jp/Information/navi/nagoya_main.html
討論「ジャック・デリダにおける教育と哲学」
ゲスト:宮崎裕助(新潟大学)、ギブソン松井佳子(神田外語大学)、加藤泰史(南山大学)
哲学者ジャック・デリダはフランスでは伝統的な大学制度の門外漢にとどまり続けたが、哲学と教育、哲学と大学の関係を実践と理論の両面で真摯に問い続けた。彼は1970年代、政府による哲学教育の削減に反対してGREPH(哲学教育研究グループ)を結成し、1983年には、哲学の領域横断的な可能性を引き出すための学府「国際哲学コレージュ」を創設する。哲学と教育をめぐるデリダの活動を、彼の脱構築思想のもっとも具体的な理論と実践として議論する。
主催:南山大学ヨーロッパ研究センター http://www.nanzan-u.ac.jp/EUROPE/

12月12日(土)
上映
(概要説明後)=17:00-18:40/討論=18:50-20:10 (最大延長20:30まで)
ジュンク堂書店新宿店 8F喫茶(新宿三越アルコット内)
地図:http://www.junkudo.co.jp/sinjuku.html
ゲスト:萱野稔人(津田塾大学)
国家の問いと格闘する萱野、大学の問いに挑む西山はともに、「制度」に対する哲学的考察を積み重ねてきた。同時期にパリ第10大学に留学していた気鋭の若手二人が、日本とフランスの哲学の状況を比較しながら、哲学の使命を提示し、哲学の未来を語る。
入場料:1,000円(1ドリンク付)
事前予約:7階レジカウンターにて。電話予約も承ります。TEL 03-5363-1300(担当:阪根正行)
定員:50名(定員に達し次第締め切りとなります。キャンセル待ちはできません。) ⇒満員御礼
主催:ジュンク堂書店新宿店 http://www.junkudo.co.jp/event2.html

12月21日(月)
上映=13:00-14:35/討論=14:40-15:30
ICU 国際基督教大学
H-316(本館3階)
地図:http://www.icu.ac.jp/info/facilities.html#1
討論「大学の理念、そして制度――映画『哲学への権利』とともに」
ゲスト:佐野好則(ICU)
大学の余白にて生成する「哲学の場」としての『国際哲学コレージュ』の試みを参照点として、大学の理念、本来的な大学のあり方、その制度を考えたい。討議においては、『国際哲学コレージュ』の試みが投げかける「哲学の問い」「制度の問い」への応答を試みる。その応答は、その名に冠された「国際」「基督教」「大学」の三語によってなされるだろう、否、なされざるをえないだろう。国際基督教大学において『哲学への権利』が上映されること、このことの特殊性に即した議論が展開されることを期待されたい。
主催:武藤康平(ICU)、キリスト教と文化研究所
[ 2009/12/05 01:09 ] 上映スケジュール | TB(0) | コメント(-)

映像作品「旅の終わりの旅立ちの唄」― 映画『哲学への権利』上映に向けて

ドキュメンタリー映画『哲学への権利――国際哲学コレージュの軌跡』は2009年9月にアメリカ東海岸の4つの大学で上映され、討論会が開催されました。その記録をもとに映像作品を制作しました。 
   
(画面右下、音量の右隣のボタンを押すと、拡大画面で見ることができます。字幕の文字を読みやすくするために、拡大画面で鑑賞されることをお勧めします。)

映画『哲学への権利』は12月5日の南山大学を皮切りに、日本およびフランス各地での上映と討論会が始まります。

本作で提示されるのは、大学外に研究教育制度を創設することの可能性、知の無償性の原理、教員の民主的で平等な関係、カリキュラムやプログラムの理念、学際性と哲学の関係の問い、経済的価値観と人文学の関係、研究教育の場所の問い、デリダの脱構築思想と教育の関係といった多様な論点です。哲学やデリダや国際哲学コレージュのたんなる紹介映画ではなく、大学、人文学、教育、哲学といったものを今の時代にどう考えるのか、その問題と展望を示す射程をもった映画に仕上げました。

映画の上映だけではいささか不十分なので、各回でさまざまなゲストの方に協力していただき、討論をおこなうことで議論を深めたいと考えています。各地での上映に足を運んでいただければ幸いに思います。
                                       2009年12月5日 西山雄二
++++++++++++++
「旅の終わりの旅立ちの唄/A Song of Departure at the End of a Journey」
音楽:matryoshka “Beyond” in cocutura (Remixed by Headphones Remote)
http://www.matryoshka.jp
監督:西山雄二 字幕協力:Naveh Frumer

[ 2009/12/05 00:00 ] 映像作品 | TB(0) | コメント(-)

マスコミ・関係者試写会

uplink1202a.jpg

 

12月2日、渋谷UPLINK FACTORYの会場をお借りしてマスコミ・関係者試写会をおこないました。一連の上映に向けて幸先のよいスタートを切りたかったのですが、準備したDVDの不具合から上映が途中で中断されるというアクシデントが起こりました。辛抱強く待っていただいた観客の方々にはお詫びするとともに、即座に適切にサポートしていただいたUPLINKの方々には感謝する次第です。映画は一度上映を開始すると最後まで止めることのできない慎重な作業であることを痛感しました。技術的なトラブルには最大限に配慮して、今後の上映をひとつひとつ実施していかなければならないと心身を引き締め直す夜となりました。


uplink1202.jpg


[ 2009/12/02 23:43 ] 映画の上映準備 | TB(0) | コメント(-)

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。