公式HP映画「哲学への権利――国際哲学コレージュの軌跡」

本ブログでの情報はすべて個人HPに移動しました。今後はそちらでの閲覧をお願いします。⇒http://www.comp.tmu.ac.jp/nishiyama/

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新たに西山雄二の個人HPを開設しました。映画「哲学への権利」に関するすべての情報、研究活動や教育活動、エッセイなどを総合したサイトです。本2011年度で東京大学UTCPが終了するため、小林康夫氏の許可を得て、UTCPでの西山によるウェブ記事も複写保存しました。今後はこちらのサイトでの閲覧をお願いいたします。(2011年7月29日)
新規ウェブサイト= http://www.comp.tmu.ac.jp/nishiyama/

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[ 2011/12/31 22:56 ] その他 | TB(0) | コメント(-)

映画「哲学への権利――国際哲学コレージュの軌跡」概要

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ドキュメンタリー映画
「哲学への権利――国際哲学コレージュの軌跡」

「脱構築とは制度という概念がつねに問題となる制度的実践である」――ジャック・デリダ

映画「哲学への権利――国際哲学コレージュの軌跡」は、1983年にジャック・デリダやフランソワ・シャトレらがパリに創設した半官半民の研究教育機関「国際哲学コレージュ(CIPh)」をめぐる初のドキュメンタリー映画である。映画は、歴代議長ミシェル・ドゥギー、フランソワ・ヌーデルマン、ブリュノ・クレマン、現副議長ボヤン・マンチェフ、新旧のプログラム・ディレクターであるカトリーヌ・マラブー、フランシスコ・ナイシュタット、ジゼル・ベルクマンへのインタヴューから構成される。この研究教育機関の独創性を例として、本作品では、収益性や効率性が追求される現在のグローバル資本主義下において、哲学や文学、芸術などの人文学的なものの可能性をいかなる現場として構想し実践すればよいのかが問われる。監督・西山雄二が歴代の議長を含む関係者7名へのインタヴューを通じて、大学、人文学、哲学の現在形と未来形を描き出す。



  ドキュメンタリー映画
  「哲学への権利――国際哲学コレージュの軌跡」

  (Le droit à la philosophie: les traces du Collège international de Philosophie)
  出演:ミシェル・ドゥギー、フランソワ・ヌーデルマン、ブリュノ・クレマン、カトリーヌ・マラブー、
  フランシスコ・ナイシュタット、ジゼル・ベルクマン、ボヤン・マンチェフ 
  音楽:matryoshka (Novel Sounds) http://www.matryoshka.jp
  監督:西山雄二
  後援:東京大学グローバルCOE「共生のための国際哲学教育研究センター(UTCP)」、勁草書房
  上映時間:84分 フランス語(日本語字幕、英語字幕、韓国語字幕、ドイツ語字幕)
  ※問い合わせはこちら e-mail: nishiyama.tmu[at]gmail.com
[ 2011/12/31 21:13 ] 映画の概要・内容 | TB(1) | コメント(-)



新たに西山雄二の個人HPを開設しました。映画「哲学への権利」に関するすべての情報、研究活動や教育活動、エッセイなどを総合したサイトです。本2011年度で東京大学UTCPが終了するため、小林康夫氏の許可を得て、UTCPでの西山によるウェブ記事も複写保存しました。今後はこちらのサイトでの閲覧をお願いいたします。(2011年7月29日)
新規ウェブサイト= http://www.comp.tmu.ac.jp/nishiyama/

[ 2011/09/15 10:27 ] その他 | TB(0) | コメント(-)

2011年、今後の映画上映/関連イベント

※料金が表示されている一部を除き、基本的に入場無料、事前予約不要です。映画上映(84分間)後に休憩を挟んで実施される討論会はすべて、西山雄二監督とゲストによって構成されます。すべての回で、上映のみの参加も、討論会のみの参加も可能です。詳細は変更される場合があります。

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2011年2月17日配本 DVD書籍『哲学への権利』

勁草書房 定価 3,360円(本体 3,200円)四六判上製 256頁 ISBN978-4-326-15414-2
映画DVD(本編84分+特典映像20分)、字幕シナリオ、監督エッセイを収録。
特典映像では、これまでの40回の巡回上映・討論の模様を一連の旅の風景として描写。
http://www.keisoshobo.co.jp/book/b82273.html


東京新聞朝刊 2011年2月27日 佐々木敦氏による紹介
「「哲学に何ができるか?」この問いは永遠の問いであり、なおかつすこぶるアクチャルな問いでもある。映画の補足的な解説として付された文章からも、この厳しい問いに毅然として対峙する著者の姿勢が伝わってくる。」
日本経済新聞朝刊 2011年3月6日 書評掲載
「危機に瀕する人文学の苦悩と希望が詰まった一冊」
紀伊國屋書店・書評空間 2011年3月7日
http://booklog.kinokuniya.co.jp/staff/archives/2011/03/post_15.html
「大学での研究・教育活動を支援する職業に就く者として、大いに啓発された。デリダの思想の詳細や、その他むずかしいことは私には全く分からないが、そんな私にとっても、本書は、閉塞感漂う今の社会で、希望を捨てずに頑張る力を与えてくれるものであった。本書の読者は、その職業や興味の分野に関わらず、それぞれの思考を啓発され、何かを見出し実現するポジティブなパワーを得ることが出来るはずである。」
週刊読書人 2011年4月1日号 鵜飼哲氏との対談
「デリダの大学論・哲学論を集めた論文集Du droit à la philosophie(『哲学への権利について』あるいは『法=権利から哲学へ』と訳しうるタイトル)がある。そのデリダの書物の「代補」のようにして映画が作成され、そしてさらにその「代補」としてこの本ができあがった。」
週刊金曜日 第843号 2011年4/15日号「きんようぶんか[本]」欄
「私たちはこの本とともに旅に出る。「問いの旅」とも言える。」
図書新聞 2011年4月30日号 白石嘉治との対談
「ある種の共同性を孤独のなかで考える――西山さんがつねに手離さない「書くことの孤独」あるいは「読むことの孤独」――という問いが、この書物のなかで鳴り響いている。「人文学」的な問い、孤独であることと共にあることがどういう関係にあるのかが問われている。」
読売新聞朝刊 2011年5月15日 横山広美氏による書評
「哲学の専門家である著者が誰もが見ることができる映像で作品を作ったことは興味深い。思索の旅は続いている。」

関連イベント(映画上映はありません)
8月5日(金)、9月9日(金)19:00-20:30
朝日カルチャーセンター新宿校
新宿住友ビル7階
地図:http://www.asahiculture.com/shinjuku/access.html
講座「デリダ『哲学の余白』を読む――時間論II」
重要な時間論「ウーシアとグランメー」の後半をとり上げます。前半の読解は5-7月期に実施されます。
受講料:会員 5,880円/一般 7,140円/学生会員2,000円
主催:朝日カルチャーセンター新宿校 Tel: 03-3344-1941
http://www.asahiculture.com/shinjuku/

名古屋市立大学 集中講義「サルトル『文学とは何か?』を読む」
8月8日(月)-12日(金)2,3,4時限

(時間は変更の恐れあり。11日は『哲学への権利』上映・討論会に振替)
1号館201教室 日本語訳(改訳新装版1998年)などは事前あるいは講義中に配布
ジャン=ポール・サルトルが著わした20世紀の代表的文学論『文学とは何か』(1948年)を通読しつつ、今日の「文学=書くという公的表現行為一般」の可能性を探る。「文学」の概括的な理解にとどまらず、作家論、読者論、表象文化論、文体論、ジャンル論、記号論、意味論といった文学をめぐる各論、そしてサルトルの実存主義哲学とその思想的背景にも踏み込んで知識を深める。考察の指針となるのは、まさにサルトルが『文学とは何か』の各章の表題として掲げた明快な問いである―「書くとはどういうことか?」、「なぜ書くのか?」、「誰のために書くのか?」
(外部の方でも関心のある方はどうぞ)

8月11日(木)上映=15:00-16:30 討論=16:40-18:00
名古屋市立大学
1号館(人文社会学部棟)201号教室
コメンテーター:土屋勝彦(名古屋市大)、寺田元一(同)、別所良美(同)
参加料無料、事前申込不要 
主催:人文社会学部・人間文化研究科国際文化学科(土屋勝彦)
http://www.hum.nagoya-cu.ac.jp/~tsuchiya/Germany.html

8月20日(土)18.30-21.00(予定)
やぼろじ
(国立市谷保。JR南武線「谷保駅」から徒歩5分)
http://www.yabology.com/
料金:1500円(ワンドリンク付)
再生された憩いの古民家「やぼろじ」――畑と茶の間のある暮らしが体感できるこの実にのどかな場所で夏の夜の上映会です。

8月27日(土)14:00-17:00
お茶の水大学附属高校(茗荷谷)

都内の高校で「倫理」「現代社会」を担当されている教員団体による映画上映と討論。日本の高校において、いかに「哲学への権利」を開けばよいのか。
参加費:学生は無料。一般の方は年会費2000円が必要です。
主催:東京都高等学校公民科「倫理」「現代社会」研究会(都倫研)
http://www.torinken.org/torinken/

関連イベント(映画上映はありません)
9月28日(金)19:00-20:30
朝日カルチャーセンター新宿校
新宿住友ビル7階
地図:http://www.asahiculture.com/shinjuku/access.html
対談「デリダと脱構築」
鵜飼哲(一橋大)×西山雄二(首都大)
1960年代、ジャック・デリダは、西洋の歴史のなかで構築されてきた現前の形而上学、ロゴス中心主義、自民族中心主義を根底的に読みかえる「脱構築」を提唱しました。「脱構築」の論理や戦略は、哲学のみならず、文学、精神分析、政治思想、建築、ジェンダー論などの分野にまで広まりました。そのデリダが2004年に他界してから早くも7年が経ちます。カリフォルニア大学アーヴァイン校での資料保存・公開、国際会議Derrida Todayの隔年開催、セミネール原稿や詳細な伝記の出版など、デリダ思想をめぐる国際的な研究活動は活発化しています。デリダが提唱し、その思想の根幹となった「脱構築」とは何か。デリダの主要な著作を参照し、歴史的な背景、最新の研究動向を踏まえて、脱構築とその可能性を論議します。
受講料:会員 3,360円/一般 3,990円/学生会員1,500円
主催:朝日カルチャーセンター新宿校 Tel: 03-3344-1941
http://www.asahiculture.com/shinjuku/

10月28日(金)[予定]
イギリス、ロンドン

国際会議"Humanities after Fukushima: Dialogues between Cultural Studies and Philosophy in the Apocalyptic Age of Critical Junctures"[仮題](10月28-30日)
討論者:西山雄二、宮崎裕助(新潟大学)、本橋哲也(東京経済大学)

11月1日(月)17:00-[予定]
ロンドン大学・ゴールドスミス・カレッジ

Ben Pimlott Lecture Theatre, Goldsmiths, University of London, New Cross, London, SE14 6NW, UK
討論者:アレクサンダー=ガルシア・デュットマン、宮崎裕助(新潟大学)、西山雄二
主催:INC-Research Group In Continental Philosophy

[ 2011/08/15 16:22 ] 上映スケジュール | TB(0) | コメント(-)

【記録作品】シンポジウム「沈黙の喪のなかにいる全国の大学人へ」



シンポジウム「沈黙の喪のなかにいる全国の大学人へ、福島そして東京からのメッセージ」(2011年7月16日、早稲田大学)
発言: 石田葉月(福島大)、島薗進(東京大)、鵜飼哲(一橋大)、岩崎稔(東京外語大)、入江公康(立教大)、白石嘉治(上智大)、西山雄二(首都大学東京)、浜邦彦(早稲田大) 司会:岡山茂(早稲田大) 主催:アレゼール日本
[ 2011/07/16 01:43 ] 映像作品 | TB(0) | コメント(-)

【報告】馬場智一「レヴィナス『倫理と無限』を読む」

2011年7月13日、首都大学東京にて公開セミナー「レヴィナス『倫理と無限』を読む」が開催された。馬場智一(東京外大)氏に基調講演をしていただき、西山が司会・応答を務めた。今学期、西山の演習では『倫理と無限』を精読しており、その最後を飾るセミナーだった。大震災や原発事故のカタストロフィの最中で「倫理と無限」の主題にとり組むことになり、受講した学生の豊かな発表と議論とともに今期の演習は実に濃密だった。演習講義の最終回であるがゆえに応用的で、一般公開セミナーであるがゆえに入門的――そもそも、「哲学への入門」とは何か――である会にしようと準備した。当日は他大学の学生や一般の方々など45名ほどが詰めかけた(主催:首都大学東京都市教養学部フランス語圏文化論)。

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馬場氏は、レヴィナスの略歴、ハイデガーの概略を説明した後で、両者の存在論の差異を際立たせつつ、レヴィナス哲学の骨子を丁寧に説明した。ハイデガーは現存在(人間)と世界の関係から問い始めるのに対して、レヴィナスは世界のなかに実存者が成立する地平から問う。ハイデガーにとって「不安」とは有限な人間が死(無)へと臨む先駆的決意を抱くときに感じられる情動であるが、レヴィナスにとっては人間がどうしても自分の身体を生きざるをえないという自己脱出の不可能性(無になることがなくつねに何かが〈ある〉)を示す。

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レヴィナスは、他者がその他者性によって訴求することを〈顔〉と名付ける(〈顔〉は強い表現なので、熊野純彦氏が言うように、「けはい」と解釈した方がよいかもしれない)。〈顔〉はその脆弱さでもって「汝殺すなかれ」と根本的な仕方で訴える。ただし、レヴィナス哲学は、「~しなければならない」「~してはならない」という規範倫理学ではない。〈顔〉との対面は、その他者を殺害できる可能性をも示すがゆえに両義的である。「殺すことができる」と思った瞬間にその当人は、逆説的にも、「倫理的な」問いのなかにいるのだ。

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〈顔〉についてはさまざまな議論が展開された。他人の顔を見ながら殺害がおこなわれる事例は数多い。その際に殺害者が見ている「顔」とは何だろうか。〈顔〉との対面が起こらないならば、それは殺人ではなく、たんなる物理的な破壊に等しいのだろう。レヴィナスにとって、植物や動物に対しては〈顔〉の対面がない以上、倫理的な関係はないのだろう。収容所で非人間的なドイツ兵に反応しなかった犬ボビーは唯一例外的だ。また、現われない〈顔〉の対面をいかにして私の内面は把握するのだろうか。逆説的にも、私にとっての秘密を介してしか〈顔〉と関係することはできないのではないか。

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最後に馬場氏は、印象的な仕方で、東日本大震災においてレヴィナスの倫理はどういう意味をもつのかについて語った。
「他者からの呼びかけと言えば、フランス語でappel(呼びかけ)は「電話をかけること」をも意味する。私たちが被災地の親族や友人に電話をかけるのは、自分のなかに他者からの呼びかけをすでに受けとってしまっているから。現地に入って支援活動に従事する者も誰かにこうしろと言われてやっているわけではなく、呼びかけを受けとってしまったがゆえに行動してしまっている。そして、被災地に知人がいなくても、現地にボランティアにいかなくても、遠く離れた地でいかに無関係にみえようとも、日本や世界の各地で多くの人が被災地のことを気にかけている。レヴィナスの倫理は「~すべきである」という規範を前提とはしない。他者からの訴求力に反応するとはどういうことなのか、と倫理を思考する。呼びかけに反応するかしないかという主体的な選択の余地はなく、私たちは呼びかけを受けとってしまっているということ――ここに〈顔〉の呼びかけの最たる重要性がある。」
[ 2011/07/13 16:11 ] 首都大学東京での活動 | TB(0) | コメント(-)

【報告】千葉県立東葛飾高校×柏まちなかカレッジ

2011年7月2日、柏まちなかカレッジの主催で、千葉県立東葛飾高等学校にて、『哲学への権利』の上映・討論会がおこなわれた。柏まちなかカレッジは、学びの場づくりによって、柏市の町と人を活気づけようと2010年に発足した地域密着型の市民活動である。東葛飾高校では大学との連携講座や教師陣による講演をおこなう「東葛リベラルアーツ講座」が実施されており、その一環としての企画でもあった。高校生10数名と一般市民ら約20名が参加した。会場はなんと地学室で、実験器具とともに懐かしい雰囲気での上映となった。

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(大正時代の旧校舎の一部、玄関のポーチ(パルテノン)部分が敷地内に残されている。)

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西山からフランスの大学受験や哲学教育について説明がなされた後、自由討論ではいくつもの問いが元気よく飛び出し、充実した対話となった。「哲学は対話形式でしか学べないのか、それとも、読書による独学でも学ぶことはできるのか?」「受験競争が過熱している日本社会において、高校生が物事を考えるための居場所はあるのか?」「日本人が外国人と対話する秘訣は?」「高校で倫理学を教えているが、授業では楽しく自由討論できるのに、試験問題はどうしても重要事項の穴埋め式となり、そのギャップに悩まされる。」「若手による雑誌『哲楽』を制作しているが、哲学を一般に広めることの功罪を感じている。哲学をセールスしているようで戸惑うことがある。」「哲学を学ぶことは、今を生きることの重要性とどう関係するのか?」

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柏からたくさんの元気をいただき、ありがとうございました。
[ 2011/07/02 00:08 ] 上映報告(国内) | TB(0) | コメント(-)

2011年7月イベント予定

7月2日(土)14.00-17.00
千葉県立東葛飾高校地学室
(千葉県柏市旭町。柏駅から徒歩5分)
http://www.chiba-c.ed.jp/tohkatsu/map.html
参加費:500円(資料代)
主催:葛飾自由大学、柏まちなかカレッジ
http://www.kcollege.org/

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関連イベント(映画上映はありません)
2011年7月13日(水)16:30-18:30
首都大学東京(南大沢)
2号館2階205教室5号館1階142教室
公開セミナー「レヴィナス『倫理と無限』を読む」
基調講演:馬場智一(東京外国語大学非常勤講師) 
司会・応答: 西山雄二(首都大学東京准教授)
参考文献:エマニュエル・レヴィナス『倫理と無限』(ちくま学芸文庫)
主催:首都大学東京都市教養学部フランス語圏文化論
入場無料 事前予約不要

関連イベント(映画上映はありません)
2011年7月16日(土) 13:30~18:00
早稲田大学
早稲田キャンパス8号館B02教室(地下1階)
http://www.waseda.jp/jp/campus/waseda.html
アレゼール日本シンポジウム「沈黙の喪のなかにいる全国の大学人へ、福島そして東京からのメッセージ」
発言: 石田葉月(福島大)、入江公康(立教大)、岩崎稔(東京外語大)、鵜飼哲(一橋大)、島薗進(東京大)、白石嘉治(上智大)、高橋哲哉(東京大)、西山雄二(首都大学東京)、浜邦彦(早稲田大) 司会:岡山茂(早稲田大)
6月初旬、福島大学の教員12名が県知事に宛てて、放射能被曝の現状解明と対策を求める「要望書」を提出した。福島の大気と大地と海がとりかえしのつかない形で汚染されるなか、その事実から目をそむけることなく行動することを彼らは訴えている。「フクシマ」はわれわれにとって対岸の火事ではない。日本の大学人は惨事後の呆然とした沈黙に留まるよりは、「喪」を意識化する作業を通じて、自らの身体と言葉で応答する準備を始めるべきではないだろうか。今回は、福島からの声を聞き、東京からのメッセージを「大学」という場所で共鳴させることで、現在のカタストロフィを思考するための希望の糸口を模索したい。
参加料無料、事前申込不要 主催:アレゼール日本
[ 2011/07/01 20:04 ] 上映スケジュール | TB(0) | コメント(-)

【報告】九州産業大学(アルノー・フランソワ、後藤正英、藤田尚志)

2011年6月18日、九州産業大学にて、『哲学への権利』の上映・討論会がおこなわれ、アルノー・フランソワ(トゥールーズ大学)、後藤正英(佐賀大学)が登壇した(司会:藤田尚志〔九州産業大学〕)。国際シンポジウム「制度と運動――哲学への権利をめぐる問い」の一環で、午後はフランス語・ドイツ語で各人の発表がおこなわれた(約30名の参加)。

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(後藤、西山、フランソワ、藤田氏)

アルノー・フランソワ氏によれば、本作が2009年に撮られたことは象徴的で、その時期フランスでは大学改革(大学の新自由主義的な自律化、若者の初期雇用契約の柔軟化、教員の身分規定の改革など)とこれに対する教員・学生の抵抗運動が過熱していた。高校の哲学教師の自由な研究が困難になったり、見込まれる成果や利益をもとにして研究資金が競争的に配分されるなど、フランスでも哲学の立場が危ういことを生々しく報告した。

フランソワ氏は、そうした困難な現状でも、「哲学は役に立たないから役に立つ」という逆説的な正当化に訴えるのは得策ではないとする。哲学も必ず何かの役に立つ。例えば、まさに「役に立つ」という有用性を概念的に分析することができる。また、本作では「抵抗」が印象的な仕方で何度も提示されるが、哲学を存続させようとする努力においてこそ、哲学は生じるだろう。批判的思考としての哲学はあらゆる社会にとって自明の事実ではない。もし哲学がなかったらどうなるのか、私たちはいかなる野蛮に直面するのか、と自覚することが重要である。

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後藤氏は共同研究とは何かと批判的に言及。大学で共同研究が実施される場合、漠然とした主題のもとに、さまざまな分野の教員が論文を書き、成果出版する場合が少なくない。各人のたんなる寄せ集めではなく、共同で何かを成し遂げるとは何かと、研究者は反省する必要があるのではないかと問題提起した。
[ 2011/06/18 00:40 ] 上映報告(国内) | TB(0) | コメント(-)

「カイエ・モーリス・ブランショ」第1号

「カイエ・モーリス・ブランショ」第1号が刊行されました。1995-96年にジャック・デリダがブランショに送った6通の絵葉書が公表されています。また、ジャン=リュック・ナンシーやミシェル・ドゥギーらの論考、2008年5月にジゼル・ベルクマンらが国際哲学コレージュで開催した、ブランショの『文芸批評論集』の土曜書評会のテクストが掲載されています。

Cahiers Maurice Blanchot n 1
Les presses du réel, ISBN: 978-2-84066-441-3, 15 euro
http://www.lespressesdureel.com/EN/ouvrage.php?id=2086&menu=

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Featuring: Derrida's postcards to Blanchot, essays by Jean-Luc Nancy, Didier Cahen, Kevin Hart, Michel Deguy, lectures at the Collège International de Philosophie (Gisèle Berkman, Danielle Cohen-Levinas, Leslie Hill, Michael Holland), studies (Jérémie Majorel, Daniel Dobbels, Yuji Nishiyama)...
[ 2011/06/12 15:59 ] 公刊物 | TB(0) | コメント(-)

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